「精進記」山内美香

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 青森県民芸友の会では、会員相互の親睦を図る意味から、年に4回ほど会誌を発行しています。その中に、会員の一人である山内美香さんが、「精進記」という民芸にまつわるエッセイを連載しています。会員からも大変好評で、この度、ご本人の許可を得て、ネット公開できる運びとなりました。
 公開にあたり、快くご許可いただいたことに感謝申し上げるとともに、内容の再校正までして頂きました。この場をお借りして、厚くお礼申し上げます。

「精進記」2

 2011年3月11日の地震で、東京の自宅マンションの食器棚の中で積み重ねていた器が崩れ落ち、割れたり、欠けたりした。

 ちょうど一ヵ月後に控えた故郷への引っ越しのために、30余年に及ぶ東京生活でたまった物の整理をしている最中だった。

 東北各地の甚大な被害を思えば、蚊に刺されたほどでもない微小な被害。それが後ろめたさとなって心を重くした。

 被災地に些少の寄付をすることで、心に折り合いをつけようとしたものの、やはり靄は晴れない。しかし、引っ越しの日は迫り、梱包の手を休めることもできない。

 何もかも失って途方に暮れる人たちがたくさんいる今、復旧間もない道路を使って、物欲の塊のようなこの荷物を青森の実家まで運んでいいのだろうか。

 必要以上に物を持つことへの罪悪感を強く感じつつ、まだどうしても手放したくない物だけを選りすぐる作業に没頭した。

 さて、壊れた器はどうしよう。

金継ぎ.jpg 旅先で悩みに悩んで選んだ器、古美術店で一目惚れした器、好きな作家の器…。気に入って毎日のように使い、共に暮らした器たちである。やっぱり捨てるのは無理だ。

 帰郷後、弘前在住の漆芸家が「金継」の指導をしてくれると知り、早速、引っ越し荷物の中から件の器を出して、工房に運んだ。

 生漆と砥の粉を混ぜたもの(錆漆)で、欠けやひびを修繕し、表面を滑らかに整えてから、漆を塗って金を蒔く。途中、漆を乾かしながらの時間のかかる作業だ。

 継いで新たな命を吹き込まれた器は、また、食卓に戻って来た。直さなければ、もう使わなかったかもしれない。そう思うと、より一層の愛着を感じるようになった。使い捨てにできない器のありがたみも知った。

 そして、あの日からの胸のつかえが、少しだけ下りた。こうして大切に使うために、持ち帰る意味、必要があったのだ、と。

「精進記」1

 まぁ、何はともあれ、まずは一服どうぞ。こう言って、陶芸家の方々が設けてくださる茶席が、苦痛だった。毎月、美術・工芸の取材をしていた頃のことである。

 何しろ茶の湯の心得がない。お茶を供される間中「粗相をしませんように」と念じるばかり。緊張のあまり、さしもの銘菓、銘茶も味などわからず、肝心の茶碗(作品)を愛でる余裕すらありはしない。通過儀礼のように、ただただその時が無事過ぎ去ることだけを願っていた。

 ある時、「茶碗は飾る物じゃなく、使う物。使ってみなきゃ、よさはわからん。形あるものはいつか壊れる。怖がらずに、自分の手で持って唇で触れてみなさい」と、博物館級の朝鮮骨董が目の前に置かれた。唐津の高名な陶芸家が、目の前で、にこにこと眺めている。

益子カット用写真.jpg 作法など気にしなくていい。とにかくこの茶碗を手に取り、茶を喫して、この瞬間を楽しめばいい。中里氏の目がそう語っている。すーっと肩の力が抜けた。

 器は、どんな心持ちでつくられたかが、使ってみるとよくわかる。誰がつくったか、高いか安いかは二の次である。

 以来、もてなしの一服には、五感をフル稼働させて臨むようになった。

 本来、無類の器好き。料理屋で、料理ではなく器の話で板長と盛り上がることも多々あるほど。ようやく、一期一会、千載一偶の有名無名の稀少な器を手に取って堪能できる幸福に気づいたのである。

 お陰様で目は肥えた。だからこそ、分相応に、鉄瓶でお湯を沸かし、自己流に点てたお茶を雑器で愉しむようになった。

 夕べ、青菜のおひたしを盛っていた平鉢が、今朝は茶碗になる。優れた器は懐が深い。そして、どう使っても美しい。

 暮らしの中で映え、生かされてこその器。飾るだけの器は持たない主義である。

店舗外観

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平成18年に青森市桜川7丁目に青森店が新築開業しました。

創業者 相馬貞三

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つがる工芸店の創業者は、民藝の創始者:柳宗悦と親交の深かった旧平賀町出身の相馬貞三です。

旧弘前店外観

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弘前市山道町にあった旧弘前店の外観です。お店の看板文字は版画家棟方志功さんです。

包装紙

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相馬貞三さんと志功さんとの縁で弘前店開店にあたりデザインしていただきました。

掲示板

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お店との連絡などにご活用ください。