旧青森飛行場の歴史と現存する遺構
稲垣森太
はじめに
青森市羽白地区には、かつて飛行場が存在した。正式名称「青森飛行場」、通称「油川飛行場」である。同飛行場は、アジア・太平洋戦争期間中に陸軍の進駐と戦災に見舞われたことから、戦争遺跡とみなすことができ、青森市の昭和史を鮮明に描き出すものである。しかし、同飛行場の研究は少なく、通史にも多くを語られないことから、その存在は希薄なものとなっている。また、近年盛んに刊行されている戦跡関係の書籍にも記述がないため、全国的にも無名に近いと思われる。
第一部 青森飛行場の歴史
（１）飛行場建設から開場まで
青森飛行場が存在したのは、青森市大字羽白字富田・字池上・字沢田（旧油川町）、大字西田沢（旧奥内村）の一帯である。昭和七年（一九三二）、政府は航空路新設と飛行場増設を決定した。航空路は札幌‐東京間とし、青森は中間飛行場に選定された（八月二十日）。青森に航空路を開拓した理由は、当時の国内情勢に起因する。この頃、昭和恐慌と前年の大凶作により、特に北海道・東北地方は貧困に喘いでおり、加えて郷土部隊の満州派兵も重なり、東北地方の社会は破綻寸前であった。この危機的状況を打開する方策として、航空路開拓による失業者救済を含む経済効果を期待したわけである。[i]
建設地として青森競馬場・雲谷・油川町の三ヶ所が候補地として挙がるも、市議会の反対・大野村住民の反対や小作民の反対運動（油川）などを経て、原野（寺内野）を有しながらも市街地に近いとの理由から、東津軽郡油川町に決定した（九月三十日）。ここに飛行場期成会会長としていち早く陳情書を提出するなど、誘致活動に尽力した西田源蔵油川町長の悲願は達成されたものの、町長は翌十月十五日に急逝し、飛行場の完成を見ることはなかった。享年五十歳、まさに命がけの誘致活動だった。またその陰には、西田の親類であった伊勢谷次郎逓信省航空管理課長の積極的な働きかけがあった。[ii]
計画された飛行場開設予定地は約十六万坪で、地目は水田・畑・原野など。他に運動場や共同墓地、イタリア人ファブリーの墓などもあったが、後に他の場所へ移された。用地の土地整理は県の技師・技手が行い、人夫には失業者を雇い入れた。工事は、三戸郡三戸町の穂積組穂積倉蔵が一四万三八五〇円で落札し、同月十七日から開始された。[iii]
青森飛行場起工式は昭和七年（一九三二）十一月二十三日、新嘗祭の日に行なわれ、飛行場敷地の一角に式場が設けられた。参列者は、新井逓信省大臣代理・多久青森県知事・近藤県内務部長・工事請負穂積倉蔵・北山一郎青森市長・町民らの約六〇〇人であった。地鎮祭の後、式辞・祝電披露を行ない、正午に閉式した。閉式後は祝賀会が開かれるとともに、町内では獅子舞・仮装行列・盆踊りなどがおこなわれ、記念すべき日を祝った。[iv]
昭和八年（一九三三）三月三十日、青森飛行場は竣工した。工事の概要は新聞報道として示されている。用地は勾配を均等になるよう整地し、格納庫敷地を除いた一五万一七〇〇坪の土地に芝を張り、ローラーで転圧している。場内の排水工事としては、暗渠として土管を埋め、接続升を造って五本の排水土管と連結させ、それを周囲に取り付けた開渠に流し込んでいる。さらに場内を流れていた油川を場外へ付け替え、格納庫前には溝渠を造り、蓋をして飛行機の出し入れに支障のないようにした。飛行場と県道を結ぶ道路は、総延長五〇四ｍ・幅員一一ｍの規模でアスファルト舗装によって新設された。場内には「リモアオ」の四字をコンクリート工を白色セメントで塗装することによって標識とした。併せて調えられた場内の設備は、羅針盤修整台・信号柱・飛行機計量台などである。[v]
滑走路は芝を転圧したもので、滑走区域は東西七八〇ｍ・南北七〇〇ｍの範囲であった。竣工時、格納庫周辺だけはコンクリート舗装だったものの、滑走路は芝であったので着陸時に車輪を折る事故が多かったという。その後、定期航空開始や接収に伴って、誘導路などはコンクリート舗装がなされたものと思われる。
写真1 青森飛行場俯瞰写真
写真2 青森飛行場鳥瞰写真
写真3 青森飛行場正門
青森飛行場の竣工式は昭和八年（一九三三）六月十一日に挙行され、市内外から老若男女が集まり、油川町空前の賑わいを見せた（図1、写真4）。三〇〇余名の来賓のもと奉告祭を行い、多久青森県知事の式辞・三浦土木課長の工事報告・伊勢谷次郎航空局管理課長の飛行場設置経過報告と南 弘逓信大臣告辞（代読）・三宅逓信局長、大野 寛大湊司令官、北山一郎青森市長、舘田鉄太郎油川町長らの祝辞・祝電披露・感謝状贈呈を行い、正午に閉会した。正午からは、祝賀会と旅客機の試乗会が行なわれた。このように竣工式は大盛況のうちに終了し、市民の期待もさぞ大きく膨らんだことであろう。しかし逓信大臣告辞において、将来の航空路線開設は未知数であるとも述べられており、民間定期航空実現への道のりは不透明だった。[vi]
図1 『東奥日報』昭和8年6月11日号紙面
（２）飛行場開場から空路開設まで
青森飛行場は定期航空輸送を目的として、省庁・財界・市民らの協力で作り上げられた民間飛行場の一つであったが、当然ながら国防の第二線的役割を担っていた。しかし、その重要性は認識されていたものの、定期運行開始までは暫く待たねばならなかった。定期航空路開設の具体的な計画は飛行場開場直後から危ぶまれ、就航は昭和十年からと見込まれていた。しかし、計画進展が期待されるなか九年十二月を迎えるも、来年度予算案の段階で航空充実予算を大蔵省側が認めず、逓信省が目指していた十一年一月からの航路開設は見送られた。[vii]
定期航路開設の進展がない昭和九年頃、地元油川町では飛行場に対する不満が高まっていた。飛行場が立地する町側は、飛行場管理を逓信省から委託されることを希望していたが、県側は都市計画の執行区域としては青森市に属するとしてそれを認めず、自らが管理に乗り出す姿勢を示していた。これに対し、飛行機発着のたびに世話をしていた町側は強硬手段として、軍機が着陸した際に人員を派遣せず、憲兵隊の要請によりようやく応じるという一幕もあった。三〇円の損失が出たとも言われる飛行機の離着陸を受け入れてきた町にとって、管理業務の受託は是が非でも勝ち取りたい事案であったはずである。この�ﾔ、飛行場自体は生垣が壊されたり、場内を馬車が走り回るといったあり様で、地元では課題のみが山積する状況であった。[viii]
その一方、竣工した飛行場では軍機の訓練飛行をはじめとする飛行機の離発着が数多く行なわれていた。昭和八年（一九三三）から同十一年（一九三六）までの出来事を、青森飛行場関連に限って簡単にまとめる。
昭和八年（一九三三）は、九月に所沢飛行学校が長距離空中航法練習や卒業飛行を行なうが、後者は逓信省が民間操縦士を同校に委託養成していたことによる。十月には帝都在郷軍人航空研究会全国一周機が着陸し、歓迎懇談会を開催、その講演で在郷軍人会理事長は東北の航空熱の低さを遺憾とした。さらに、多久青森県知事提唱の軍機献納運動が起こり、制作費は市民・法人からの献金でまかなうことになった。『東奥日報』紙上の呼びかけにより目標金額に達し、十月には名称が報国第五三号と決まった。同機は開隊したばかりの大湊航空隊に配備されたが、翌月二十二日に沈没してしまう。
昭和九年（一九三四）には、一月に陸軍が青森飛行場において雪上飛行演習を行なっている（写真5）。これは陸軍航空本部が、橇を使用した雪上離着陸の研究を目的として、実施したものであった。この演習は大規模なもので、先遣隊を含めて延べ十八日間実施された。七月には所沢飛行学校が野外空中航法訓練を、八月には立川飛行学校所属機が着陸、一機が不時着したが、油川在郷分会員が夜間の警備に当たり、後に表彰されている。九月には下志津飛行学校所属機飛来するも、高橋曹長操縦の九一式戦闘機が滑走路の軟弱地盤により大破する事故が発生、曹長は頭部を打撲した。
写真5 第1回雪上飛行演習
昭和十年（一九三五）には、一月に陸軍航空本部第二回雪上飛行演習が青森飛行場で行なわれたが、今回は新型機を用いたために名称や機数は明らかにされなかった。七月五日には浜松飛行第七連隊所属の重爆撃機九機が、航空演習予備訓練のため青森飛行場に着陸した（写真6）。各機は北海道往復・離着陸訓練・夜間飛行・防空演習参加などを行ない、十日までに全機帰隊した。他に立川飛行第五連隊所属機が着陸したり、所沢飛行学校第五三期生卒業飛行が所沢‐青森間で行なわれたりしている。九月二十三日には、鯵ヶ沢山田野演習場での演習参加のため、立川飛行第五連隊所属機が着陸している。
写真6 重爆撃機
昭和十一年（一九三六）には、一月～二月に陸軍航空本部第三回雪上飛行演習が青森飛行場で行なわれている。今回も使用機の機数やその行動は一切秘密にされたが、この年は十年に比べて多雪であったので演習は円滑に行なわれた。演習期間は年々長くなっており、航空機の重要視の表れであると言える。六月には日本一周飛行中の仁丹機が到着、七月には下志津飛行学校機や立川飛行第五連隊所属機が着陸している。九月～十月には、北海道で挙行された陸軍特別大演習に伴い、東京・仙台・青森・札幌（帯広）間の特別定期航空を実施し、東京日日・読売・東京朝日・報知・北海タイムスの各新聞社の原稿輸送機が離着陸した。他にも逓信省委託練習生や熊谷飛行学校召集下士官第二期操縦生が飛来している。[ix]
（３）定期航空路開設から終焉まで
昭和十一年、待望の定期航空開始に向けて、飛行場内では様々な設備が調えられた。昭和十一年八月までに航空会社事務所・格納庫・燃料庫が完成し、翌年三月には木造平屋建ての飛行場事務所兼航空無線電信局通信所が阿部組によって竣工した。以上の諸設備と人員配置の完成をもって青森飛行場は全てが調った（写真7、図3・4）。[x]
図3 今純三『夏の郊外飛行場風景』
図4 飛行場場内配置見取り図昭和14年頃
昭和十二年（一九三七）四月一日、待望の定期航路が開設され、定期運行が始まった。札幌飛行場を発したユニバーサル旅客機は、予定通りに春の陽光降り注ぐ青森飛行場に着陸した。初航操縦者の鳥居五郎一等飛行士・有川健次郎一等機関士を、飯塚場長・松村出張所主任以下、航空局・町民らが出迎えた。滑走路不完全による旅客輸送禁止命令のため乗客はいなかったが、航空郵便が引き渡され、青森からも郵便物が乗せられた。その後給油を済ませた同機は、仙台へ向けて飛び立った（写真8）。一方、鈴木・高橋両氏操縦の東京発札幌行きの下り便は、午前九時に羽田飛行場を出発し、午後一時十分に青森飛行場に着陸した。互いに航空郵便が受け渡され、別のフォッカー機と引継ぎ後、札幌へ向けて飛び立った。こうして記念すべき処女航空は無事終了したのであった。[xi]
写真8 定期航空第一便
定期航路に就航した旅客機は、フォッカー・スーパー・ユニバーサル機で、乗客乗員六人乗り・ブリストル・ジュピター四二〇馬力エンジン・時速一七〇kmで青森‐東京間を４時間で結んだ（写真11）。同機は速度こそ速くないものの、比較的安定した操縦性が特徴だった。その後所要時間短縮を目的に、旅客八名・時速二四〇kmのエア・スピード・エンボイ機を就航させ、青森‐東京間を二時間四十八分で運行した。飛行機に搭乗するには、日時・便が指定された航空券を購入した。これは青森市の松木屋デパート内にある航空案内所で発売されるが、ここでは引き換え券が渡され、搭乗の際に航空券と交換された。当日は、出発五〇分前に送迎車が空港まで乗客を送り届けた。[xii]
運行ダイヤは上下一便ずつで、東京午前九時発‐同十一時十分仙台発‐午後一時二十分青森発‐同三時札幌着と午前八時札幌発‐同九時五十分青森発‐正午仙台発‐午後三時東京着であった。所要時間は、東京‐青森間四時間二十分・札幌‐青森間一時間五十分・青森‐仙台間二時間十分であった。青森からの料金は、東京三五円・仙台一七円・札幌二〇円・名古屋五二円・大阪六〇円・高知七八円・福岡九〇円・那覇一五〇円・平壌一三七円・大連一六五円・新京一八二円・ハルビン二〇三円・チチハル二二五円などであった。（六月改正）[xiii]
就航一年目の成績は、出発回数四六四回・到着回数四七三回・出発旅客数二〇〇名・到着旅客数三一〇名・通過旅客数六七二名で、欠航は出発一三五便・到着一三二便であった。旅客は主に実業家で、いつも同じような面々であり、庶民にとっては無縁のものであった。また、昭和十三年までの全路線の統計からみると、東京‐札幌線は輸送量増加率六〇％を示し第三位となるが、他の国内ローカル線は休航・欠航が多いことや不安感による客離れから不振が続いていた。[xiv]
不安の要因は航空事故であるが、東京‐札幌線の初めての墜落事故は、昭和十三年（一九三八）十一月二十六日に起きた。仙台を発した下り便は、予定時刻になっても青森飛行場に到着しなかったため、日本航空輸送株式会社では、各地に照会したが、防空演習と重なり行方は掴めなかった。青森署・三本木署が消防団・青年団を動員して、轟音が聞こえたという東嶽村字瀧ノ澤を捜索した結果、瀧ノ澤部落東方一里の山中、日和澤に墜落しているのが発見されたのである。乗員乗客四名は即死状態で発見され、当航路初の犠牲者となった。原因は、猛吹雪のために盲目飛行状態に陥ったためとされた。国内全路線での航空事故は昭和四年から十二年までに八回、十三年から十六年までに十一回の事故が発生しており、後者では九〇名の死者を数える。[xv]
その後、悲惨な事故を乗り越えて運行していた定期便であったが、昭和十五年に運行休止となる。七月九日、航空局は日本航空輸送株式会社のスーパー・ユニバーサル機を、老朽化による慢性的な機械不調を理由に全機使用停止とした。就航機の使用停止は定期運行の中止を意味し、東京‐名古屋‐大阪‐福岡、東京‐仙台‐青森‐札幌の主要二線を含む国内線は十月一日のダイヤ改正をもって当分の間休止となった。この休航により、日本航空輸送株式会社青森出張所は封鎖され、飛行場事務を続けるのみとなった。当分の間とされていた休航は、その後も再開されず、青森の民間航空は事実上廃止となった。大陸・南方進出に伴う国外航空路の充実を優先させた結果、不採算の国内線が整理されたのである。[xvi]
定期航路廃止後、青森飛行場は大日本飛行協会青森支部の青森県第一滑空訓練場となり、グライダーの滑空に使用された。当時県内ではグライダー熱が高く、県下には滑空部を持つ学校が多くあった。この青森県下のグライダー熱の高まりは昭和十八年に頂点に達する。これは文部省が「国民皆空」のスローガンのもとに、少年を航�ｺ力の根基として養う目的で作り出したものであった。[xvii]また、昭和十五年（一九四〇）十一月十日、東奥日報社は『東奥日報』紙面において、国防国家建設のための空軍の充実を目的に、軍用機献納を呼びかけている。これは「皇紀二千六百年」を記念し、戦闘機二機を陸海軍に献納するというものであった。その命名式は青森飛行場で行なわれ、会場には約七万人が押し寄せたという。このような企業・組合・市民などによる軍機献納運動は全国各地で盛んにおこなわれており、その多くが絵葉書としてその様子を今に伝えている。
（４）陸軍の接収と配戦備
前述のように民間定期航空は昭和十五年七月に停止され、青森飛行場は帝国陸軍により接収、陸軍飛行場となった。飛行場が接取された日時は正確には特定できず、その利用についても多くを知りえないが、陸軍浜松教導飛行師団・熊谷飛行学校などの爆撃演習地・航法演習地として使用されたという。その他、接収から軍用地化にいたる経緯やその後の利用に関しては、それが明確になる資料が得られなかったため、不明確な点が多い。当時、陸・海軍省の通達によって軍に関する報道は厳しく制限されており、資料がほとんど得られないことに因る。
飛行場の拡張工事は本土防空作戦の一環として昭和十八年（一九四三）頃までには開始され、終戦まで市民・学徒らが動員されている（図5）。工事の時期や具体的内容は明確にし難いが、旧地図の利用と戦後に出された通史・記念誌・証言集などから断片的に知ることができる。
図5 拡張後の青森飛行場 『青森県油川地区平面図』
飛行場が拡張されたことは各時期の地形図で判明する（図6・7）。最古の大正三年発行時、後の飛行場敷地は荒地・水田・畑などであるが、昭和十七年発行時に初めて飛行場敷地が示される。地図上では台形状に河川が巡るだけで、地図記号は「荒地」となっており、軍機保護のための擬装がなされている。しかし、戦後の昭和二十一年・二十七年発行時にも飛行場拡張範囲を修正せず、地図記号も「荒地」のまま、後者では国鉄津軽線と無線電信局が加えられている。昭和二十九年発行時になってようやく拡張範囲と地図記号が実際に即した形に修正され、ここで初めて飛行場の拡張が地形図に登場するのである。津軽森林鉄道の軌道も野木和公園内を走る形に修正されている。その後は、昭和四十二年発行時に野木和団地・青森ダンボール・油川中学校を修正し、昭和四十八年発行時に四十二年に廃止された森林鉄道の軌道が道路に修正される。昭和六十三年発行時には、開設当時の飛行場範囲に住宅が建ち並び、水田の地割が修正され、新たに国道二八〇号線が野木和公園入り口の交差点まで延びている。以上のように、戦時中は飛行場の存在が隠蔽され、戦後もしばらくは修正されなかったために、地形図上では飛行場の拡張範囲が不明であった。そもそも地形図に青森飛行場の名が記されることはなかったのである。飛行場の存在が希薄になった遠因とも考えられる。
図6 旧地形図１ 竣工時の飛行場範囲
図7 旧地形図２ 拡張後の飛行場範囲
また、津軽森林鉄道軌道変更の要因が飛行場拡張であるため、青森市森林博物館で資料の調査をしたが、当時の工事図面や書類などは残っていなかった。軌道変更が青森営林局の各期記念誌に一切登場しないことから、この軌道変更工事は大掛かりなものではなかったと判断する。[xviii]
断片的ながら具体的な年代が記されているのは、青森高校の記念誌である。[xix]同誌年表、昭和十八年（一九四三）七月の条に『油川飛行場の草刈り作業、森林鉄道の軌道床造り作業行なわる。（三年以上、八月まで）』とあり、森林鉄道の軌道の変更工事の年月が判明するのである。その後の工事内容などは不明だが、拡張された範囲を北部・西部・南部に大別すると、西部と南部が軌道変更によって拡張可能になったことになり、その拡張開始は昭和十八年夏以降とみなすことができよう。同校では翌十九年八月にも飛行場の草刈り作業を行ない、刈った草で堆肥作りを行なっている。広大な飛行場の草刈りは多大な労力を要し、刈られた草は相当な量になったことは想像に難くない。それからで肥料を作り、食料増産のために開墾した畑に撒いたのである。このように飛行場の拡張工事や草刈りには学生・市民らが多数動員されたが、これは勤労奉仕として全国各地の飛行場でも同様に行われている。
飛行場の戦備については、戦史および久米田氏の証言を基に述べる。絶対国防圏の一角であるマリアナ諸島を失った昭和十九年七月、大本営は本土決戦の準備を命令した。これにより使用航空基地が増加し、防空体制強化のために新設・拡張中の飛行場が早期に完成するよう努力された。全国の飛行場では、掩体工事、飛行機の分散遮蔽が行なわれたが、青森飛行場では青森陸軍防空本部が置かれるとともに、本土決戦に向けて作戦物資の集積・備蓄が行なわれ、戦闘機・弾薬などは仮設格納庫に隠匿されることになった。[xx]
昭和十九年七月二十九日現在、奥羽地区には八ヶ所以上の陸軍飛行場があり、青森県内では八戸とともに油川（青森飛行場）に飛行場大隊が置かれていた。配置された大隊は、第十飛行師団の第六六飛行場大隊で、本隊は八戸飛行場にあり、油川にはその分遣隊が置かれていた。第六六飛行場大隊が青森飛行場に派遣されてきたのは、同年八月二十日であり、これにより軍備が本格化したことと思われる。青森飛行場の具体的な軍備については多くを知り得ないが、昭和二十年七月に大本営は、決号作戦用資材集積の本土防衛航空作戦資材集積計画を追加修正し、油川には戦闘機五機の配備を決定している。[xxi]
青森陸軍防空本部は、飛行場西端に隣接する野木和公園内にあった「永楽園」と言う料理屋の建物を利用して設置された（写真12）。内部には事務室・通信室・隊長室などが設けられており、当時の隊長は渡辺軍曹であった。他に数人の兵隊がいたが、年配の者だけで若い兵はおらず、整備兵はいたものの、操縦士はみられなかったという。加えて女性四名が事務として雇われていたが、そのうちの一人、久米田禮子氏に話し伺うことができた。氏は女学校卒業直後の昭和二十年三月下旬から同本部に勤務し、半畳ほどもある飛行場平面図のトレース作業を担当していた。その腕は良く、将来も心配ないと言われるほどであった。終戦間近（七月か）に、初年兵十数名が入隊し、油川小学校の体操場を兵舎代わりにしていたが、空襲時にこの兵士たちは、野木和湖のほとりに作られた防空壕へ避難している。これは作戦要員保護のためと思われるが、敵襲に対しては即応しない体制であったことがわかる。[xxii]
写真12 永楽園
仮設格納庫は野木和の丘陵部、飛行場西側の斜面一体に作られたが、五所川原へ抜ける道路沿いの湖に近い杉林の中にもあった。これらに戦闘機・弾薬・燃料などの本土決戦用資材を隠匿したが、戦闘機は一式戦闘機「隼」であるようだ。仮設格納庫の造りは、斜面を掘り込んだもので草木がかけられて擬装されていた。格納方法は、一ヶ所につき戦闘機一機を入れ、燃料専用のものもあった。終戦後は、この油で機密文書の焼却を行ったという。[xxiii]仮設格納庫に関しては、体験者の証言以外に資料が無く、正確な個数や位置は明確にならないものの、発掘調査などの考古学的手法により実態解明が可能であろう。一方、本物の格納庫の中には作戦資材ではなく、分解された木製飛行機や・木製高射砲（写真13）が収められていた。このようなおとりは、敵軍に対する抑止力として飛行場に並べられたが、一般の目には当時の危機的な状況を物語るものとして映っ�ｽ。
写真13 木製高射砲
（５）青森空襲と飛行場の被災
青森市内への攻撃は、七月十四・十五日、二十八日、八月十日に行われているが、七月十四・十五日、八月十日の空襲は、グラマンF6Fヘルキャットなどの艦載機による機銃・爆弾・魚雷を使用した無差別攻撃、七月二十八日の空襲はB29による市街地を狙った絨毯爆撃である。七月十四日は、二回にわたってグラマン機が来襲した。この空襲で青函連絡船が津軽海峡で全滅した。この他青森市内では青森駅などが攻撃されている。この間、沖館の営林署裏の高射砲は沈黙、青森飛行場からも追撃機は飛び立たなかった。翌十五日も前日同様に、二回にわたってグラマン機が来襲した。この日は、汽船・青森操車場南方浜田地区・浦町駅周辺・機関車など、そして青森飛行場が攻撃された。七月二十八日は、青森市街地がB29の大編隊によって絨毯爆撃された。「青森空襲を記録する会」の調査では空襲時間を午後十時三十七分～十一時四十八分までの一時間十一分、六十二機のB29がM74六角焼夷弾を三十八本束ねたE48焼夷集束弾二一六八発、八三〇〇〇本の焼夷弾を投下、九九四名の死者がでたことをつきとめている。八月十日は、午前と午後の二回にわたってグラマン機の攻撃を受けた。敵機の爆弾・機銃により、野内の石油タンク・八重田造船・青森駅西口・油川小学校周辺・青森飛行場・営林局裏高射砲第一一二連隊第三中隊陣地・浪打・長島小学校周辺・安方臨海倉庫周辺などが被害を受けた。この艦載機による空襲は、焼け出された市民にとどめをさす形となった。[xxiv]
青森飛行場への空襲は、「青函連絡船戦災史編集委員会」が著した『白い航跡』に詳しい。昭和二十年七月十四日、日本近海に進出していたアメリカ機動部隊のうち、東北北部の飛行場と津軽海峡内の艦船の攻撃を担っていたのは、エセックス・ランドルフの空母二隻・モントレイ・バターンの軽空母二隻で、各空母には戦闘機・戦闘爆撃機など一〇〇機が、各軽空母には戦闘機・雷撃機の四五機が搭載されていた。翌十五日、写真製図隊のグラマンF6F戦闘機・写真撮影機一二機は、大湊・青森飛行場・青森市の写真撮影を目的に、ランドルフを飛び立った。同隊は目的を達成した後、八機が青森飛行場周辺で射撃演習をおこなった。この時に、熊野神社が攻撃されたようだ。また、モントレイを発したベイカー６打撃隊の六機は、天候の関係で函館ではなく青森飛行場へと向った。同隊は、五〇〇ポンド爆弾を飛行場南西隅の掩体地区に四発、東側の整備施設に一発投下した。しかし、飛行場には飛行機は無く、反撃も無かった。その後、ランドルフを発した最終攻撃隊である、エイブル７打撃隊の一一機が青森飛行場へやって来たがすでに目標物はなかった。八月十日、前日の八戸・三沢飛行場攻撃に引き続き、青森飛行場も標的となった。ランドルフを発したエイブル第４掃討隊のグラマンF6F戦闘機一六機は午前十一時三十分に同飛行場に来襲、分散疎開地区に七発、南部対空陣地に四発、格納庫地区に十六発の五〇〇ポンド爆弾を投下した。また、野外に置かれた航空機にも銃撃を加えた（写真14）。
一方、地上の様子はどうか。十日の空襲時、飛行場勤務の兵士数名が、油川小学校に来校し、警備と称して玄関前に椅子を並べて待機した。しかし、多くの兵士は野木和の防空壕へ避難し、肝心の戦闘機は温存のため隠されたままで、敵機が去ってから一機飛び立つのが常だった。[xxv]本土決戦準備とは言え、このような軍の方針に住民はさぞ落胆したことだろう。飛行場に隣接する青森防空本部は攻撃を免れたが、八月に入ってからは空襲の危険性から女子職員は自宅待機とされた。
飛行場設備の被害としては、格納庫付近に五〇〇ポンド爆弾十六発以上が投下されたようだが、直撃したかどうかまでは判明しない。佐山氏は格納庫の前に爆弾穴が間隔をあけて点々と続いていたのを記憶しており、その被害については屋根や壁が剥がれた程度であるという。また、久米田氏は格納庫内部の状況を、木製飛行機は銃撃によって破壊され、火事にならないのが不思議なぐらいだったと証言する。銃撃に関しては、保存されている鉄骨の状況を観察すればその一端が明らかになる。被弾の状況は格納庫正面左側の鉄骨には弾痕が無く、保存された部分である右側だけに集中していたという（写真15）。筆者は格納庫全体を実見していないので明言はできないが、地上からの反撃がなかったことも考慮すると、銃撃は格納庫全体に及んでいても不思議ではなく、右側の鉄骨に弾痕が集中していたのは障害物の無い北方から攻撃してきたからだと考える。
（６）青森飛行場の廃止から現在まで
昭和二十年（一九四五）八月十五日、終戦。青森飛行場もすでにその機能を失い、穴だらけの荒地と化していた。終戦後直ぐに、証拠隠滅のため航空本部その他にあった資料・書類関係をはじめ、何から何まで全てが焼却され、その火は三日も燃え続けたという。ポツダム宣言受諾後の二十四日、日本国籍の航空機の飛行禁止命令が実施され、九月二日には飛行場及び航空施設を良好なまま引き渡すよう命令が発せられる。国内航空の一切禁止が連合軍の方針であった。しかし、日本政府の懇請により、十四日から主要都市間の連絡飛行の許可が下りる。使用された陸海軍他の残存航空機は、全面白色塗装の上、緑の十字を標識としたことから「緑十字飛行」と呼ばれ、東京・大阪・福岡・名古屋・新潟・青森・札幌などを結んだ。東京‐仙台‐青森‐札幌間は一日上下一便で週三回連絡飛行が実施された。しかし、十月十一日より極東空軍による「帝国航空便」に取って代わり、これにて日本人による、日本航空機を使用した飛行は終焉を迎えたのである。以降、青森飛行場に航空機が着陸することはなくなったと思われる。[xxvi]
同年九月二十五日、米軍第八一師団の約一五〇〇〇名の将兵が青森に上陸した。米軍の青森進駐により青森飛行場も接収され（写真16）、進駐軍のうち一二〇名は丸屋根トタン張りの通称「かまぼこ兵舎」を急造して、その後二年近く駐留した。駐留時の飛行場の様子は明確には判明しないものの、映像・文献・聞き取り調査などから幾つか垣間見える事柄がある。事務所・格納庫などの飛行場中枢部は接収され、隠匿されていた戦闘機は調査・処分されたが、当時の映像からは、米兵が操縦席に座って調査しているものの、興味本位でいじっているようにも見える。その後、飛行機の残骸はしばらく放置されていたという。また、燃料貯蔵庫には守衛が置かれたが、建物への被害がなかったことと、頑丈な造りが詰め所とするのに適任と判断されたためと思われる。
米兵は日本の伝統文化を見たいとして、寺社などを住民に案内をさせたりもしている。当時、日本はいわば異国の地であり、アメリカ人の目に奇異に映るものが数多くあったはずである。特に伝統文化が色濃い神社仏閣は興味の的になったことだろう。また、油川小学校は病院となり、体育館でバスケットボールをしていたが、米兵が作ったバスケットゴールは、戦後もしばらく児童が使用した。[xxvii]
昭和二十一年（一九四六）十月五日から、秋季青森競馬が飛行場跡地にて、青森競馬倶楽部主催・青森進駐軍後援により五日間にわたって開催された（図8）。野木和公園へ向かう交差点から油川市民センターの辺りにかけて楕円形の馬場が造られたが、久々の競馬開催であったため大勢の観客が来たという。一票一〇円・最高一〇〇倍配当であったが、当時発行されたばかりの一〇円札に証紙を張って使用したという。同様な競馬は八戸でも七年ぶりに行われ、大盛況であった。
進駐軍がいた頃のことについて佐山氏は以下のように証言する。「進駐軍が入場する日、婦女子は怖がって出てこなかったが、自分は興味があったので見に行った。そうしたら、通訳のような人が『白人怖いですか』と聞いてきた。米兵が珍しい物を欲しがって家に訪ねてきて、渡すと後でチョコレートなどをくれた。秋の寒い時期に家を覆うシートをくれるなど悪い人たちではなかった。また、馬草を刈りに行った時、米兵がこっちへ来いと手招きするので近づくと、何故か逃げていって拳銃を持って戻って来た。手に持っていた草刈用の鎌がキラリと光ったからだろう。」このように進駐時代には特に事件も起きなかったようである。
図8 競馬開催広告
戦後すぐに飛行場跡地は引揚者の入植地となり、昭和二十二年（一九四七）に二二戸が入植した。配分は一戸あたり一.一haで、水田・畑半々の土地が与えられた。彼らの居住地は野木和公園入り口付近にあり、当初は米軍が使っていた兵舎に入ったという。土地は旧飛行場のため平坦で営農は進んだが、農業未経験者であったことと市街地に近いために離農者も多かった。[xxviii]戦後、飛行場跡地は水田・畑として利用されたことにより、急速にその面影を消したことになる。水田であった土地も昭和三十二年（一九五七）から団地の造成がはじまった。直接の契機となったのは、前年四月十四日に起きた舘町大火で、青森市は罹災者のために木造平屋建ての市営住宅を建設、これが今日の野木和団地の始まりとなった。その後、昭和三十五年（一九六〇）に鉄筋コンクリートの市営アパートが、昭和四十五年（一九七〇）には木造県営住宅が建てられた。昭和五十年代には鉄筋四階建ての県営、市営住宅が建つとともに、開設当時の飛行場区域は現在の野木和団地となった。[xxix]今日、飛行場跡地にはアパートや一戸建ての住宅が立ち並び、広大な飛行場のイメージはもはや感じられない。
飛行場にあった様々な施設はそれぞれの運命をたどる。事務所や兵舎などは昭和四十五年（一九七〇）頃まで住宅として使われ、格納庫は農協資材倉庫として一昨年まで使われていた。燃料庫は今でも現存しており、個人宅の物置として使用されている。吹流し鉄塔は昭和四十年（一九六五）頃まであり、計量台は中学校通りを直線化する際に撤去されたという。開渠は補修されながら現在でも機能しており、当時の面影を偲ばせる。
第二部 青森飛行場遺産と戦跡の考察
（１）旧青森飛行場格納庫の弾痕の残る鉄骨
「旧青森飛行場格納庫」はすでに解体され、骨組の鉄骨のみが保存されている。格納庫の建設年は昭和十一年八月頃（十二年とも）と思われ、施工業者は阿部重組であるが、設計図面などは同社にも保管されていない。竣工当時の格納庫写真（写真7）・鳴海氏所有の写真・今画伯のエッチング（図3）と、解体直前の写真（写真17）を比較すると、屋根・壁材・扉・ひさしなどが変更されている。当時の扉は、床からひさしまで達する超大型のもので、六枚からなる。それらには番号が付けられ、左右にスライドする。建物の外に扉を押し出すためにレールを延伸させる構造だが、そのレールを載せていた骨組みに弾痕が残されたのである。扉の上部には、「大日本航空株式会社」と大書され、側面には大型の窓がつけられていたことと判る（図9）。鉄骨は建設当時の鉄材であることから、大掛かりな改修工事はしていないと思われる。このことは資料価値がある反面、転用した建物では定温倉庫にはなり得ずに、限定された用途でしか活用できない欠点があった。平成十六年（二〇〇四）、旧格納庫は解体され、土地は売却された。
図9 格納庫正面推定復元図
保存されている鉄骨は、旧格納庫正面向って右の支柱、扉をスライドさせるためのレールを載せていた骨組みを、裏（西）から支える部分の一点だけである。鉄骨は黒色塗装されているが錆びが発生して凹凸があり、経年を物語る。しかし、腐食があまり見られないために鋼鉄製の頑強な面影を強く残し、危弱さは感じさせない。鉄骨の各部分の厚さは八mm～一〇mmで、構造はつなぎ部分の鉄板をＬ字の鉄骨で両側から挟み込み、リベットで固定している。筋交いも細かく設けられており、相当頑丈に造られていることがわかる。弾痕は全部で九ヵ所あるが、便宜上左側鉄骨の弾痕を上から1～4、右側鉄骨の弾痕を上から5～9とし、個別の観察は表にまとめた（写真18、表1）。また、この鉄骨は有志の手により記念碑として生まれ変わる予定であると聞く。飛行場の歴史は青森の近代史を語る上では欠かせない事項であり、モニュメントはそれを雄弁に語るであろう。
写真18 弾痕
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番号 |
長軸×短軸（mm） |
形状 |
入射 |
所見 |
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1 |
21×11 |
長方形 |
北？ |
跳弾の可能性 |
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2 |
60×90 |
捻じ曲がる |
北 |
最大規模 |
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3 |
25×10（現存部） |
半円形 |
西？ |
跳弾の可能性 |
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4 |
25×25 |
凹み |
北 |
根元のため貫通せず |
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5 |
20×18 |
楕円形 |
南？ |
跳弾の可能性 |
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6 |
30×20 |
不整円形 |
北 |
複数弾被弾の可能性 |
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7 |
42×22 |
不整楕円形 |
北 |
複数弾被弾の可能性 |
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8 |
50×35（現存部） |
不整刑 |
北 |
3発以上被弾 |
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9 |
20×15（現存部） |
半楕円形 |
北 |
断面きれい |
（２）旧青森飛行場門標
飛行場開設当時、正門（写真3）向って右側の門柱上部には「AOMORI AIR PORT 青森飛行場」と刻されたプレート状の門標（写真19・20）がつけられていた。この門標は現在、野木和団地内のトーモク青森工場前庭に設置されている（図10）。
戦後、飛行場正面入り口の塀もいつの頃か撤去され、昭和二十二年の時点ではすでになくなっており、その後しばらく、プレートを含む門柱は正門前付近（現在の銭湯の交差点）の開渠内に放置されていたという。それではあまりに可哀想だということで住民が拾い上げたものの、置き場所に困ってしまった。そこで、広い敷地を持つ青森ダンボール（現トーモク青森工場）内に置かせてほしいと頼み込んだのだという。それ以来、この門標は同工場の前庭に設置されているのである。[xxx]
他方では以下のような証言を得た。トーモク青森工場の前身である青森ダンボール社はダンボール製造会社だが、創業当初は製品を旧格納庫内に置かせてもらっていた。その時、格納庫の隅に同門標が置かれており、製品を置く邪魔になっていた。そこで、歴史的価値を考慮して、同社内に置かせて欲しいと農協側に頼み込んだのだという。農協組合長と工場長の話し合いの結果、青森ダンボール事務所前に置くことになった。昭和四十年頃の事である。[xxxi]
図10 青森飛行場位置図及び関係遺構所在地・遺物採取地
門標の石材は御影石で、寸法は縦約四二.五cm・横約六五.五cm・厚さ三～四cm程である。石材の表�ﾊに亀裂はみられないが、角が少し砕け、上端が削られて凹んでいる。プレートは小タイルを施したコンクリートの台座にはめ込まれている�ｪ、台座の製造年は昭和四十年以降と思われる。プレートには上段に「AOMORI AIR PORT」と、下段にその三倍ほどの大きさで「青森飛行場」と刻されている。
（３）仮設格納庫跡
昭和二十年、大本営は本土決戦の作戦を発動し、国内各地に作戦物資を隠匿させた。青森飛行場には五機の戦闘機と燃料・弾薬などが、野木和公園の丘陵部に掘られた仮設格納庫に隠されていた。
青森空襲を記録する会発行の『次代への証言』第十二集二四頁に、久米田禮子氏の証言として以下のようなものがある。
「（前略） 野木和の山には、穴を掘って作った仮設格納庫が三ヶ所位作られてあって、本物の飛行機に網をかぶせて、その上を木や草でおおい空から見えないようにかぶされておりましたが、その飛行機は一度も空へ飛び立つ事もなく終戦とともに燃やされたし、又終戦後アメリカ軍が進駐して飛行場にカマボコ兵舎を建て駐屯していましたが、その時、以前の仮設格納庫はアメリカ軍のゴミの投げ捨て場になった事も最近聞きました。（後略）」
この証言と久米田氏へ聞き取り調査に基づいて現地調査を行った。結果、中学校通りを野木和公園に向って進み、バイパスを横断して公園に至る周辺で、大小の窪みを確認した。しかしながら、窪みの規模と戦後から現在に至る土地利用の変化を考慮すると、仮設格納庫跡存在の可能性は十分考えられるものの、断定には至らず、位置を明確にすることはできなかった（写真21・22、図10）。
写真21 確認された窪み
写真22 防空壕推定地
また、佐山誠治氏の証言によると、飛行機の秘匿場所は主要地方道青森五所川原線（津軽あすなろライン）沿いの、現在の青照苑が建っている辺りだったという。当時この辺には立派な杉林があり、その木と木の間に戦闘機を隠匿したという。現在、この辺りには老人介護施設や個人宅が建っており、周りには野木和湖を囲む杉林がある。観察の上では遺構は確認できなかったが、偶然にも青照苑の裏手で開発工事が行われており、杉の木も伐採されていた。工事関係者の方に話を伺ったところ、伐採業者が年輪を数えて、戦後のものだと判断したという。周囲に残る杉も同等の背丈のものであるため、戦中から生えている木は残っていないと判断している。
久米田氏と佐山氏の証言により、格納庫の個数と大まかの位置は把握できたものの、田圃の基盤整理で削平された個所や新規開発工事などにより、簡単な地表面観察では発見に至らないと判断する。今後は発掘調査などの考古学的手法を用いて、その存在を明らかにしていく必要があろう。
（４）旧燃料貯蔵庫
解体された格納庫の南側に、民間定期航空時代に燃料貯蔵庫として使われていた建物がある（写真23・図11）。青森飛行場に関わる建物としては、ただ唯一現存するものである。現在、この建物は個人宅の物置となっており、所有者の佐山氏に伺ってみたところ以下の事実が判明した。
写真23 旧燃料庫正面
図11 旧燃料庫平面図
氏の家は羽白に古くから住んでおり、飛行場入り口の土地も所有していた。戦後すぐに飛行場事務所付近（現JAあすなろ敷地の南側）に移り住み、農業を営んでいた。佐山氏の祖父の代のことである。この旧燃料庫がどのような経緯で払い下げられたのかは不明だが、その時期は戦後二・三年の事で、進駐した米軍がこの建物を詰め所として使用し、守衛をおいたことから、佐山家がこの旧燃料庫を入手したのは、進駐軍が撤退してからであろう。その後、補修工事などは一切やっていないため、建設当時のままと思われる。建設年は正確には不明だが、昭和十一年八月には完成していたようである。
当物件はコンクリート一部木造の平屋建てで、間口約五.五ｍ（三間）・奥行約三.六ｍ（二間）、平面形は長方形を成す。正面向って左側には、後に増設したと見られる半壊した掘立小屋が付属する。四方の壁は厚さ約一六cmのコンクリート製で、表面のひび割れ以外に目立った損傷は無い。正面には、高さ約二ｍ程の二枚の鉄扉があり、レール式にて左右に横開きする。上部のレール部分を含めて全体的に錆び付き、動かすことは困難である。塗装は小豆色の錆止めの上に白色の塗料が塗られていたようである。すぐに二枚目の扉があり、可動方式は先と同じである。上半分は十字に仕切られた格子窓で、四枚の網ガラスが入り、下半分は鉄板となっている。ガラスは厚く、割れている個所は無い。両扉とも鍵は壊れている。トタン葺きの切妻屋根は全体に錆びているが、波型トタンは非常に硬い。ひさしは四〇cmほどで全周するが一部破損している。正面入り口側には雨樋がつけられていた形跡がある。窓は、残る左右の面の上部に一箇所づつあり、外側にはコンクリート製のひさし有し、外開きの鉄扉が取り付けられている。正面向って右側の端には旗竿を立てるような開閉式の環が付いているが、用途は不明である。内部については多くを把握できていないが、床はコンクリート、天井の材質は不明である。二つある窓は横開きと思われ、換気孔らしき二つの方形の穴もあるが、これは塞がれている。空襲による被害は特に見受けられなかった。
旧燃料庫は約七十年間の風雪に耐えてきたものであるが、トタン屋根の破損が認められるため、早急な修復が必要である。筆者は、地元と行政の協力の下にこの遺産が保存・活用されることを切に願っている。
（５）「陸軍」境界石
青森飛行場は民間飛行場であったが、陸軍の接収により軍の管轄となった。そのため、陸軍用地と民有地との境には軍用地を示す境界石が埋設されていた。境界石は飛行場の外郭に沿って埋設されていたが（図5）、現在は全て引き抜かれており、現地では確認できない。二十年程前までは複数存在していたが、田圃の基盤整備の際に地中に埋没したという。[xxxii]
境界石は資料として三本が現存しており、青森市教育委員会が一本、個人が二本保管している。その形状は現行の三角点や土地境界に用いられる標石のような角柱ではなく、岩石を荒削りしたままの下半部と、平面に整形された上半部との二段に分かれる（図12）。下半部は地中に埋まるため荒削りに止めておいたものと思われ、正面には「陸軍」、裏面には数字、頭頂部には境界線の矢印が彫られている（写真24・25）。各境界石の観察は表にまとめた（表2）。軍境界石には「陸軍」の他に、「陸軍用地」・「海軍用地」などと刻されたものもあり、戦後に相当数が引き抜かれたが、それでも全国的に数多く現存している。密かに建つ軍境界石は、旧軍の存在を認識させるもの言わぬ証言者である。
図12 五一番石実測図
（６）熊野神社の石灯篭
空襲の痕跡を求めて旧飛行場周辺を調査したところ、気になる物を発見した。それはJR油川駅に近い熊野神社境内の石灯篭である。同神社の石灯籠は二対あるが、本殿に近い左の灯篭の竿が円形に窪んでいるのである。竿は四角形で両端に向って広がり、中央がすぼまる形状だが、建立者の銘が刻まれている部分に約四cm大の円形の窪みがある。これは風化により剥落したものとも捉えられるが、不自然な円形であることから、何かが当たった衝撃で剥れた、と考えるのが自然ではないか。というのも、昭和二十年七月十四日の空襲で、グラマン機が熊野神社例祭の旗竿を標的に機銃掃射の練習を行なったという情報を得ていたからである。[xxxiii]この空襲で石灯籠に銃弾が当たり、その部分が円形に剥れた可能性がある。
この石灯籠の竿は三段の基壇の上にのり、銘は竿の側面に「鳴海喜代吉 敬白」隣の面に「大正十四年五月十四日」とある。弾痕らしき窪みは石灯籠の竿の部分に二ヶ所ある。一ヶ所目は「鳴海」の字の中央右寄りにあり、両文字を壊す。規模は長軸約cm・短軸約三.cm・深さ約一.cm。二ヶ所目は先のよりも下部、竿の下端にある。規模はほぼ同じだが、白色の詰め物で補修されている（写真26・27）。
写真27 剥離部分
青森飛行場のまとめ
青森飛行場は昭和八年に救農・失業者対策のために建設され、陸軍の飛行演習が盛んに行なわれる時期を経て、国防上の必要性も含めて国策会社による定期航空路が昭和十二年から開設された。輸送は、戦争遂行のため廃止される昭和十五年まで行われ、その後陸軍に接収された。戦争後期からは市民の勤労動員により大幅に拡張され、陸軍青森航空本部のもと、作戦物資の集積・隠匿が行なわれた。しかし、昭和二十年夏の空襲時にそれらは一切使用されず、終戦後は進駐軍が駐留した。戦後は飛行場自体が廃止され、昭和二十二年に引揚者の開拓地となった。開拓期を経て団地の造成が行なわれ、学校・企業などが入り、現在に至っている。
現在でも残る飛行場関連の遺構・遺物については、その全てが文化財として見なされておらず、保護はなされていない。今まで保存されてきたのは有志の活動のお陰であり、行政の関与は皆無と言える。このような現状は全国の戦跡に当てはまるもので、全国的には戦跡の文化財指定件数は年々増加しているとは言え、まだまだ十分ではない。近年、「近代化遺産」として重要なものは文化財の指定を受ける傾向にあるが、それはごくごく限られたものに過ぎず、当件が文化財として保護されることはあまり期待できない。青森飛行場の象徴とも言える旧格納庫が解体された今、現存する飛行場関連の建物は燃料庫のみである。筆者は、本稿で紹介した遺構・遺物の詳細な再調査を望み、それには行政の積極的な関与を求めたい。
おわりに
青森飛行場は運用期間が短く、地元への利益を生むことが少なかった。整備と維持において市民に多大な苦労をかけさせ、空襲の標的となったことで人的被害も付随した。よって、地元油川の人たちにとっては、良い思い出がないように感じられる。これらが青森飛行場の存在が忘れられた遠因ではなかろうか。しかし、飛行場にとって輝いた時代があったとするならば、それはやはり定期航空が行なわれていた時期であろう。近代化の象徴ともいえる飛行機が飛ぶ姿に、市民は期待と希望の眼差しをおくっていたはずである。
戦時の飛行場は全国各地に存在し、それぞれに物語がある。しかし、それらが今もなお継承されている訳ではない。青森の場合でも断片的な事実しか判明せず、本論が真実を追うことにもならない。近現代史はすでに、身近で遠い存在となっている。
謝辞
本稿をまとめるにあたり、下記の機関・団体・会社・個人に資料提供・御教示・御協力をしていただき、大変お世話になりました。記して感謝・御礼申し上げる次第です。（順不同・敬称略）
防衛省防衛研究所、アジア歴史資料センター、青森県立図書館、青森市民図書館、青森市森林博物館、青森市教育委員会、青森市立油川小学校、青照苑、元気町あぶらかわ街づくり委員会、青森空襲を記録する会、青森県農業協同組合中央会、あすなろ農業協同組合（JAあすなろ）、JAあすなろ油川支店、JAあすなろグリーンセンター、株式会社トーモク青森工場、丸与運輸、阿部重組、東奥日報社
木村愼一、久米田禮子、佐山誠治、田村千代藤、澤田今日一、溝江春美、溝江竹次郎、秋田義信、大沢福之進、池田要吉、村上 裕、齋藤陽一、清野博之、今村 修、佐藤ちよ、大柳繁造、千葉多兵衛、梁井敏幸、小鹿与五郎、畠中 律、立川健治、木村久昭、石田一生、矢川 元、中園 裕、宮 宏明、菊地 実、児玉大成、設楽政健、蛯名 純、沼畑伸一、野坂知広、高坂真澄、油川地区の方々